東山随想  思い入れの写真から

この地に生を受け、もの心がついてからこの方、おそらく一日たりとも拝まない日はない奥羽山脈、私どもの地で俗に言う「東山」です。
自分で意識して東山を眺めるようになったのは、写真を初めてからでした、それでも35年ほど前からです。写真は少しも上達しませんでしたが、風景を自分の視界の中で写真の構図を意識して切り取って見るようになりました。何気ない風景が全く違った新鮮な風景に見えるものです。
そんな感じで東山を見るようになってから、実に様々に変容する東山を見ることが出来るようになりました。
四季折々、雨の日、晴れの日、そして朝夕のおそらく分、秒刻みで光を変え、光景が一変する神秘的な時間帯、この山を眺める地に生まれたことに、この雄大な風景に抱かれて生きることに、疲れを癒やされ、幸せを感じる事も度々です。
「ふるさとは遠くにありて思うもの」と歌った歌人もいますが、毎日眺める近くにありて思う事も素晴らしいことです。そしてやは「ふるさとの山はありがたきかな」と実感します。
ところで、ここに大事な写真があります。
デジカメが出来る前のフィルムカメラでとった銀塩写真ですが、スキャナを通してデジタル化したものです。
色調には一切手を加えていないそのままの写真ですが、東山が本当に神秘的な群青色に染まった写真です。
以来私は、この色合いがでる春先の日々を、毎日注視しているのですが、これ程の群青色に染まった東山は見ることができません。もう14.5年追っている色合いです。何もそんなことに!とお笑いでしょうが、文字通り「ご笑覧」ください。
夏の東山