「あきらめ」を「希望」にかえた男 及川和男 著 日経ビジネス人文庫
自分たちで生命を守った村 菊池武男 著 岩波新書
生命村長 及川和男 著 童心社
今日の一冊が、三冊の本をあげてしまいました。
しかしこの3冊は、私が読むほどに感銘を受けた岩手県沢内村村長深沢晟雄(まさお)氏の物語なのです。
6月の初旬、私は秋田、岩手の県境にある岩手県和賀郡湯川温泉のある温泉旅館にいました。各々の集合だったので、メンバーが揃うまで、ギャラリーと呼ばれる一室で、何気なく手にした本を読んで、目から涙が流れる経験をしました。
それは、貧しい一寒村を、国の施策を超えて、保健行政を遂行し、村民に命と生き甲斐と、希望を与えたリーダーの物語だったのです。冒頭の書き出しが、ようやく村長として生命行政が実を結びかけた頃、病に倒れ、福島の病院で帰らぬ人となって村に帰還するというシーンでした。盛岡から越える峠から提灯を掲げた村民が雪の中で迎えるというシーンから始まっています。村民の半数近い人々が暗くなった雪の中で、沿道に列をなして迎えたといいます。
その本は、読み終えるまでもなく、メンバーの到着の声に引き戻され、本を閉じることになりました。
その後、たまたま縁があって、沢内村の方にこの話をした所、その深沢村長の下で、保健行政の遂行に当たられた当事者だという、幸運な巡り合わせがありました。その方は沢内村の照井富太さんと言う方ですが、今では絶版になっている貴重な本を貸して頂くことができ、感激の中で読み進めてきました。
深沢村長は昭和32年に就任され、昭和40年に逝去されています、ちょうど逝去されて40年目です。
しかし、地方分権が叫ばれ、市町村合併が進んでいく中で、今改めてこの深沢行政のあり方は今の時期に光明をともす規範であると思います。
その理由は、
国の方針と違う形で、国保の医療給付10割、医療はタダと言う村独自の施策を実行したと言うことです。当時法律による給付は5割の時代でした。健康保険会計を国の方針と違えて遂行していくと言うことは、行政運営の上では大変な障害があったともいますが、自分の確固たる信念で押し通したリーダーシップ、その結果、乳児死亡率全国トップクラスの沢内村に、乳児死亡率ゼロという金字塔をたてるまでになった実績、それこそ、今の時代なら逆に求められる自治体リーダーとしての資質と思います。正に地方分権、地域主権の時代を先取りした自立の精神でしょう。
もう一つ興味深いのは、就任最初の所信表明があります。
4点ほど述べたとありますが、
第一は、政争の激しかった地域事情もあったでしょうが、その中で、一切の派閥抗争をなくすと言うことを言っておられます。選挙後、勝組優先の行政が遂行される事も珍しい話ではないのですが、少しでも村政が一方に偏ることがあれば、これは、誠に遺憾なこと、と述べておられます。
第2は村内諸力、農協、森林組合などの諸機関と総合的な協力体制を敷かなければならない。
第3は村政に対する村民の信頼を勝ち取る。倫理性というものを強調し、村民の信頼を得る政治を行いたいと述べています。村民に対し行政執行部としてのあり方に倫理性を説くことも、実はなかなかできないことだと思います
第4は、以上申し述べたことの上に立って、村外各方面に対する外交交渉に総力を挙げて取り組みたい。
この所信表明からはじつに47年の歳月が経過しておりますが、このまま今の時代に通用する言葉、精神ではないでしょうか。
又、再選を目指した選挙で、村の姿勢として何に重点を置くのか、何を優先させるのかを村民に明確にしなければいけない、と橋や道路など票に直結する公約は一切掲げず、保健行政一つで戦った姿勢、政治哲学は見事と思います。
小寒村を豪雪、貧乏、病気の三悪から救った強力なリーダーの政治哲学は、今地方分権が叫ばれる時、一層新鮮に映ります。
又、深沢村長の再選を目指した選挙など、小泉総理の郵政民営化一つを問うと言う今の衆議院選挙と全く共通する所が興味深いと思います。
まだまだ紹介したいことはいっぱいありますが、興味のある方は、沢内村の役場などに紹介してみては如何でしょうか。
貴重な本を貸して頂いた沢内村照井富太翁に感謝申し上げ、「今日の一冊」を終わります。
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