8月9日の秋田魁新報の1面トップに、全農の方針として、米1俵60キロ当たりの仮渡し金が7千円ほどに下げるという記事が載りました。
ご飯ものどを通らない程の衝撃的な記事です。
昨年の米価は60Kg当たり1等はだかで、11488円(私の精算書から)でしたから、単純に7千円に下がると、4488円のマイナスです。今年の秋の米作農家は、1俵60Kgで7000円しか当面の売上げにならないと言うことです。10a当たり10俵収穫できたとして、70000円ですから、肥料代、農薬代、土地改良区、機械代・・・、もう引くところはなくなります。来年の資材は買えない数字です。いずれ米穀市場などでの販売が確定したときに、清算金で追加払いすると言うことですが、保管料販売手数料など差し引きになれば、いくらもにもならないと、稲作農家は皆思っています。
是は、農協組織である全農が方針として出したことに、大きな衝撃があります。日本農業の基幹であり、地域社会、経済の基幹をなす稲作の再生産を、全く放棄した措置としか映りません。これで「残れる農家は残れ」という事なのでしょうか。
米作農業は壊滅的と言って良いほどの打撃になるでしょう、特に地域の基幹農家を期待されて規模拡大した大きな農家ほど、打撃は大きくなります。今進めている集落営農も方針変換を迫られるほどの衝撃だと思います。もちろん地域経済の落ち込み、単位農協の金融回収など大変な事態と言わざるを得ません。
地元の農協組織は十分その意味は分かっていることでしょうから、どのような形で再生産可能な米価に設定するのか大いに期待するとともに、行政では何が出来るのか、緊急的な産業振興策など検討しなければいけません。

ここに、昭和40年代後半と思いますが、700戸ほどの小さな地区で、農業者総決起大会という、今思えば、実に景気の良い大会がありました。
当時の農業者が一堂に会して、気勢を上げ、農業を元気づけて、地域の活性化、後継者対策などに励んでいたものでした。当時のリーダーのもと、地域の連帯感を醸成させ、農業で生きる情操豊かな地域社会の維持を図っていたものでした。
当時の写真を、数葉掲載します。

昭和45年に統合され廃校になった、大森町立川西中学校の体育館と思われます。当時の川西農協組合長、加藤富蔵氏が主催した大会でした。
来賓に、阿部勝行町長の姿も見えます。要求米価実現大森町農業者総決起大会と銘打っています。
このときのスローガンは
「うまい米作る意欲のわく米価」
「村の灯を守る米価を、農政を」
「農民の心にはじない米つくり」
「健康な生活の出来る米価を」
などが掲げられています。
でも「進めよう米の消費拡大」というスローガンもあります、消費の減退が、大きな問題になってきた頃でもありました。
この大会で掲げられた要求米価は
60Kg当たり20210円でした。
全国的な統一要求米価だったと思います。40年近い昔の話ですが、今とは本当に今昔の感です。